ムッちゃんパパ
初めまして!
1人息子を育てるADHDのパパです。

2019年の5月頃に心療内科に診断依頼をしてADHDと診断されました。
心療内科に受診するまではいくらか葛藤もありましたがなんとか向き合うことができて今はホッとしています!

診断された直後の感想は「やっぱりかぁ」といった感じで、それほどショックはありませんでした。
それは、以前から自分は何か他の人とは違うと感じていたからなんです。

これまで、このことについて話したことはなかったのですが、わたしのような悩みを抱え続けている方に、少しだけ共感して欲しくて書こうと思います!

簡単にわたしのADHDの傾向を紹介します。

わたしは不注意と衝動性が強めな傾向があります。
幼い頃は多動性が頻繁に出ていましたが、今はさほど多動性の症状はありません。

ADHDの傾向

主な症状は、物忘れ・仕事でのケアレスミス・時間管理が苦手・過集中です。たまに活発になって、居ても立っても居られなくなり動悸がすることもあります。

幼少期から感じていた周りとの違い・生き辛さ

小学校に入る頃からわたしは他の子とは何か違っていると感じ始めました。

例えばこんなことがありました。
小学校1年の参観日で母親が出席していたのですが、授業が終わり母からこう怒られました。

「あんた先生が○○ページを開いてくださいって言ってるのにボーッとして、机の上に教科書も出してないし、○○ページを開くのも忘れてたでしょ。」
わたしは全く自覚がなく、むしろちゃんと授業についていくために一生懸命でした。
実は、褒められるだろうとすら思っていました。

母に言われて自分はそんな風なんだと知りました。今考えると、先生の話を集中して聞いていないことや、次の授業の準備をしていないことで頻繁に怒られていたなと思い出します。
結局、母や先生からボーッとしてるなどの指摘は中学まで続きました。

他にも以下のようなADHDあるあるのようなこともありました。

  • 忘れ物はほぼ毎日する
  • 片付けができずランドセルの中や机の中、自分の部屋は常にぐちゃぐちゃ
  • 話を集中して聞けず集団行動が守れない
  • 先生にあれやっといてね(抽象的な表現)と言われても文脈を理解できず、何をすべきか分からない
  • 1つのことに集中しすぎると周りが見えなくなる、ゲームや絵を描く・漫画を読むなどハルとそれが完全に終わるまで動けなくなる
  • 待ち合わせや学校への登校など、時間が守れずいつも遅刻する

当時はまだ発達障害の認知度が低く、家族や周りの人達は「だらしないなぁ...。」と一言で済ませていました。

ちゃんと返事ができ、机に座り、授業を受けれるのであれば障害ではないだろうと、障害の知識など素人同然の教師が決めていたのでしょう。
だから「あの子はああいう性格なのね。」と認識していたのだと思います。

親も基本的にはわたしのダメな部分だけを見ているタイプであったので、叱りつければそれでよしとしていました。

しかし、子供ながらに『だらしない人間』とそうでない人間の違いが分かっていましたから、本心からこのようなだらしない自分になっているのではない!と心の中で叫んでいました。

わたし自身、おかしいとは思いつつその原因がなんなのかハッキリしないことにずっとモヤモヤしていました。

注目に脅える学生時代

学生時代を一言で表現するなら『注目から逃げる日々』人の目から逃げるような学生生活をおくっていました。

学校では他学生と同じことができないと目立ってしまいます。
皆が普通にできていることができない 、ふとした時に先生からの指示を聞きそびれて置いていかれている、何気なく質問したことで他生徒を傷付けて問題になるなど。

できないこと失敗したことで目立つことが多くあったため、なるべく失敗しないで注目を浴びないように気を使っていました。

ミスや漏れの山と戦う社会人時代

学生時代とは違い、社会人になるとこれまでなんとかなっていた自分の苦手なことに責任を伴うようになります。
それは、わたしにとって恐ろしいことでした。

わたしは大学を卒業後したあと就職活動に失敗し、派遣社員として某ゲーム会社に派遣されました。
幸運なことに会社の先輩や上司の方々はとても優しく、始めは苦もなく働けていたのですが...。

ミスや漏れが多いことが日々の業務の中で少しづつあぶり出され障害となりました。
このままでは、派遣の契約が切られるかもしれないと心配になりミスを減らすためいくつか工夫をしました。

例えば、会話するときは必ずメモをとる、仕事のタスクはエクセルで管理する、タスクは必ず先輩にチェックしてもらうなど色々と試しました。

しかし、何かを注意してやると別のことを失敗してしまい、まるでもぐら叩きのような状況。
対策をする以前に比べれば少しはミスが減りましたが、ミスが気にならなくなるまでは減りませんでした。

先輩達はそんなわたしをそれでもフォローしてくださり、強く責めることをせず指導してくれました。
その優しさに胸が熱くなり同時に申し訳ない気持ちにもなりました。
少しでも先輩や上司の力になろうと懸命に頑張りました。

注意しながら作業をしていても必ず大きなミスが隠れており、そのミスを先輩や上司がフォローしてくれる。

こんなことが2年ほど続いた時、わたしは自分のミスの多さ段取りの組めなさ、時間管理のできなさに会社の皆を振り回しているような感覚になっていました。

足を引っ張っている罪悪感、皆が苦もなくできることができない悔しさが心を支配して、わたしの存在がこの企業にとって有害だと自分を攻めはじめました。

周りと違うのは自分の性格が悪いからだと思い込んでいた

自分でできる対策をとっていながらも、まだまだミスをし続ける自分に嫌気がさし。
なぜ自分はこうも要領が悪いんだろう...と考えました。

やはり昔から親や先生からだらしないと言われ続けていたため、こんなだらしない性格だからぼーっとしていてミスや漏れを起こしているんだろう。
自分の性格が変わらない限り治らないんだな...。どうすればいいんだ...。

そう思い込んで自分を責める日々を過ごしていると、ネットでADHDという文字を見つけ何だろう?と思って調べたのでした。
ADHDの特徴はびっくりするほどわたしに当てはまっており、自分が発達障害かもしれないと思い始めました。

ADHDだと診断されて心の重荷がおりた

ADHDかもしれないと妻に相談すると、気になるなら心療内科や精神科で一度診てもらうといいんじゃないかと勧められ診断してもらうことにしました。

運のいいことに近くに心療内科があり、そこでADHDの診断を受けました。

心療内科での診断方法は、50問の質問といくつかの問診でした。

診断の結果は『ADHD』でした。
結果をうけてわたしは「やっぱりか。」と思い明日が、特にショックはありませんでした。

むしろ自分の苦手なことに理由があることがわかって安心しました。
自分のだらしない性格がミスを生んでいるんだと思っていたのが、そうではなく発達障害だから人並みにこなすことが難しいんだと納得することができました。

競うな、持ち味を活かせッッ

診断が出てからわたしは人と比較することを一切捨て。

自分に合った方法で、自分なりの成長をすることに発想をシフトチェンジしました。

他人と比べるから自分が出来ないことを責めるようになる。
だったらADHDの自分は、出来たことを喜び『他人と同じようにできる』ということは考えないようにしようと考えました。

その方が前向きになれます。

また、ADHDには強みになる特性もあります。

  • 行動力がある
  • 好きなことには異常なほど集中出来る
  • 判断のスピードが早い
  • 枠に捉われず発想が出来る

この強みを活かしてさらに高めていけばADHDにしか出来ないことだって出来るようになる!

そんな風に前向きに考えることが自分を救ってくれます。

はじめは診断を受けるのは怖いと考えた時期もありましたが、今では診断してもらってよかったと感じています。

わたしのように悩んでいる方がいたら思い切って診断してみるのもいいと思います。

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